| * ON AND ON 〜福山雅治の履歴書〜 |
| 年 月 | 経 歴 |
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1990年 |
1990年3月21日、「追憶の雨の中 実はその2年ほど前、映画「ほんの5g」でひっそりと銀幕デビューを果たしている。 現事務所アミューズには10ムービーズオーディションで合格した。 準主役、橋本三蔵というコンピューター少年の役。初々しい19歳の福山雅治だった。 しかし、特技・材木担ぎの角刈りあんちゃん・福山の目指すものは役者ではなく、音楽だった。 映画のオーディションで披露したのは、泉谷しげる「春夏秋冬」 しかし氷室京介ばりの高い声に憧れて唄うもポリープになり、デビューは延び延びに。 ようやくデビューにこぎつけるもアンパンマンショーの前座などもこなす不遇な日々を過ごした。 そんな中、ムービーごっこのCMソングを唄う話が舞い込む。 菊池桃子の「撮っちゃダメ」のバックに流れる低くて太いボーカルは一部では評判だった。 2枚目のシングル「アクセス」はそのCMソングをリメークしたものをリリースした。 |
| 音楽活動はライブハウスを中心に行っていた。
メイン拠点は渋谷公会堂の向かい側にあるエッグマン。 そこで初めは一握りだった観客動員を確実に増やしていった。 同じ頃、FMラジオでパーソナリティをはじめる。 ほどなくしてオールナイトニッポン第二部(深夜3時〜5時)もスタート。 憧れの笑福亭鶴光のオールナイトニッポンを聴いて育った福山少年。 過激なエロトークは深夜に爆発していた。 |
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| そのルックスゆえ、ドラマ出演の依頼はデビュー当時からあったそう。
しかし音楽をやっている実感を持てるまではあえて挑戦しなかった役者の仕事。 初めてのドラマ出演はTBS系列「明日があるから」。 共演陣に憧れていた元ARBの石橋凌さんがいたのがきっかけ。 一躍美少年ぶりが巷でじわじわ話題になり その後TBS系のドラマ「愛はどうだ」「ホームワーク」に出演。 世間の「福山雅治」認知度は加速度を増して上昇していく。 93年大ヒットドラマ「ひとつ屋根の下」のちい兄ちゃん役で俳優・福山雅治がブレイク。 |
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| 音楽もやっている人なんだよ。
〜第一次ブーム前 1993年、1994年〜
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ドラマに出演しながら地道に行っていた音楽活動。ドラマ「愛はどうだ」に出演してドラマの挿入歌になっていた「Good
night」がスマッシュヒット。「ひとつ屋根の下」のオンエア最中にリリースした「MELODY」もちぃ兄ちゃん効果でヒット。 ドラマが終わった後は、 アルバム「Calling 93年末には紅白歌合戦にも出場した。 94年は3月に「IT'S ONLY LOVE」が3週連続オリコン1位の記録。ダイドーブレンドコーヒーのCMで大量オンエアされていた。アルバム「ON AND ON」の製作で 初の海外レコーディングを行っていたましゃには嬉しいお知らせとなった。アルバムリリース後にはCallingの規模を上回る全国ホールツアー。 TVへの露出はこの時期減り、オールナイトニッポンのパーソナリティーも一時中断していたが、火がついた人気は衰えることはなかった。 |
| 主役級にステップアップ。 〜第一次ブーム後半 1995年秋まで 〜 |
1995年冬のドラマで主題歌に起用された「HELLO」の大ヒットで街に福山雅治の歌がよく流れていた。
同年夏、フジテレビ系「いつかまた逢える」でドラマ初主演。 ドラマのロケ現場の東京・永代橋には福山みたさに人が群がり、ちょっとした騒ぎにもなっていたらしい。 ドラマの撮影と平行してその秋に公開された映画「BIRTHDAY PRESENT」サウンドトラックの製作も手がけていた福山雅治は多忙を極めていた。 さらにその時期、5大都市アリーナツアーも行った。 まさにノリにノッてた福山雅治。疾走していた。 |
| テレビから福山が消えた。 〜1995年後半から1998年3月まで2年半に及ぶ”活動休止”〜 |
アリーナツアー後、なんとなくラジオだけ続いていた。
アリーナツアー終了後の雑誌のインタビューで音楽をやりたいという初期衝動を求めていたようだったし、すぐに作品を作って歌える気持ちではないんだろうというのを察するしかなかった。 何の前触れもなく、何も語ることなく毎週ただラジオの生放送だけは続いていた。 この時期 ましゃは音楽から離れ、いろいろと考えていたそうだ。 疾走してきた5年間、この先音楽をやっていけるのかどうか。 その答えは旅先のひとつ、ルーマニアでHIV感染の子供とふれあってつかんだ。 ギター一本でらららで子供達と合唱。 国境や生活背景を越えて、心の相互通行をもたらしてくれたのはやはり音楽だった。 ただ続いていたオールナイトニッポンでは、かっこいいだけじゃない福山雅治=ましゃがリスナーのハガキに応え、自分なりの考えをその都度話してくれていた。 この期間にはもうひとつ、写真・カメラの世界に出合った。 「HELLO」のジャケットを撮影した植田正治先生との交流。 旅先でカメラを構え、撮りまくり、腕を上げていた。 |
| テレビで会えない時期を支えてくれたオールナイトニッポンが終わりを告げるとともに、ついにシングル・アルバムのリリースが明らかになった。 待ちに待った約2年半、再始動のときがきた。 4月〜7月 ドラマ「めぐり逢い」(TBS系列) 4月30日 シングル「Heart/you」発売 6月24日 |
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| 復活ののろし。
〜1999年ミレニアム〜
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2月3日〜 7月〜9月 8月 11月17日 12月8日 |
| 完全復活の第二次ブーム。
〜2000年・デビュー10周年〜 |
2月〜 4月15日〜6月14日 6月 |
2001年
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3月 WOWOW CM O.A 3月28日 シングル「Gang★」発売 4月25日 アルバム「f」発売 5月9.10.30.31日 ライブ「福山的祭典・玉子的大決起集会」東京ドーム・大阪ドーム 開催 5月〜6月 玉子的密会 資生堂「水分ヘアパック」CM O.A 6月27日 アルバム「LIVE FUKUYAMANIA」発売 7月 特番のため ケニア・ロシア・イタリア・シアトルへ 9月30日 オールナイトニッポンTV オンエア 10月8日 『100の微笑み Smile & Smile』 エリオットアーウィットさんとコラボレート写真展 12月 DVD「EGGS」発売 12月25日〜31日 「福山冬の大感謝祭☆其の四 蜜柑色の冬休み」開催 |
2002年 |
1月12日〜9月 初のバラエティー番組「福山エンヂニヤリング」 スタート! 6月 前川清「ひまわり」発売 6月26日 カバーアルバム「The Golden Oldies」発売 7月5日〜9月29日 Exhibition of Masaharu Fukuyama Shouji Ueda 「回帰」 11月15日〜20日 福山★冬の大感謝祭其の五 史上最大の大感謝祭 開催 11月25日 FUKUYAMA MEETS ITALY 写真展 |
| 2003年 第三次福山ブーム? ![]() |
1月2日 |
| 2004年 小休止な15周年イブ |
2月〜 明治製菓キシリッシュ ブリティッシュコメディ編 オンエア開始 6月〜 大塚製薬ポカリスエット 鮎川邸編 オンエア開始 7月1日 4月に行ったスイス時計展の模様が掲載 7月18日 有楽町イマジンスタジオオープニングアクトで有楽町から「魂のラジオ」公開生放送 8月 アテネオリンピックの取材 10月〜2005年3月 NHK朝の連続テレビ小説「わかば」主題歌 『泣いたりしないで』オンエア 9月 福山雅治写真展 HA! HA! HA! Project 試写会 12月1日 シングル『泣いたりしないで/RED X BLUE』発売 12月15日〜31日 福山★冬の大感謝祭其の七 僕、銀幕出身なんです、ウフ 札幌・福岡・大阪・名古屋・横浜 |
| 2005年 ひとつの節目のデビュー 15周年 ![]() ![]() |
3月12日〜5月30日 |